幼年国語教育会
あゆみ

「漢字の絵本」と幼年国語教育会は、
石井勲(いしいいさお)教育学博士の
石井方式漢字教育と共に、
発展の道を歩んでまいりました。
その軌跡がこちらです。

石井勲先生との出会い

教育学博士 石井勲先生
教育学博士
石井勲先生

石井勲先生は、漢字を使った言葉の教育という独自の漢字教育法(石井方式)を小学校で提唱。14年間にわたり教育成果を上げ、著名な方々から称賛されましたが、公立校という壁のもと充分な理解を得られませんでした。

石井勲先生は、著書『石井式漢字教育革命』(グリーンアロー出版社)で次のように綴っています。

真の教育法は、教える子供たちから学ぶものだと思う。私は、十四年間、教え子たちから実に多くのことを教えられた。「漢字がかなよりも覚えやすい」ことをはじめ、私が発見した新しい事実は、結局のところ、皆教え子たちに教えられたものである。 昭和四十二年、子供たちと一緒に運動場を駆け回ることが負担に感じられるようになった私は、小学校の職を退いた。しかし、今でも、私の研究所に通って来てくれる子供たちに、必ず毎週二日だけは都合をつけて、子供たちを指導することに励んでいる。 ~中略~ 幼児の可能性の大きいことは、今は知らぬ者はないと言ってもよかろう。しかし、どれほど大きいかは、そしてそれがどこまで伸びるのかは、だれもわからない。こういう幼児と、毎日ではないが、接していられることは楽しいものである。死ぬまで続けていきたいものである。

『石井式漢字教育革命』(グリーンアロー出版社)

昭和42年、石井勲先生の著書『1年生でも新聞が読める』(講談社)を手にした大阪市の小路幼稚園園長・井上文克先生は、幼児期にこそ石井勲先生の漢字教育法を行うべきと考え、即座に石井勲先生の御宅をご訪問。

これを機に石井方式漢字教育は、小学校教育から幼児教育へと一大転機を迎えるのです。
翌年より石井方式漢字教育は数か園の幼稚園で導入されましたが、この教育を実践するための絵本や教材が必要でした。

そこで、石井勲先生はじめ実践園の園長先生方が討議を重ね、株式会社登龍館の初代社長、田中登が加わり、石井方式の教材作りが始まるのです。

会の設立と
「漢字の絵本」

会の設立と「漢字の絵本」

昭和43年、この教育を広く発信する組織として「幼年国語教育会」を設立。会長には井上文克先生が就任し、園同士の情報交換、研修会、教材作りを図りました。また同年春、大阪の8か園で石井方式漢字教育の実践が始まりました。恐る恐る始めた現場の先生も、実際に行うと「園児の反応が今までと違う」と画期的な教育法に目からうろこ。

「漢字を教える」のではなく、「漢字で教える」ことによって、子供の集中力や考える力を引き出す。この石井方式漢字教育は、すぐに保護者の理解も得ることとなります。

しかし保守的な幼児教育会では「まだひらがなも知らない幼児に漢字を教えるとは何事か」と非難の声が上がります。そんな中、国語学者・学習院大学教授の大野晋先生の記事が週刊朝日に掲載されました。

「漢字で教育」する幼稚園、大阪市での新しい試みをみて
幼稚園への入園率は年々増加の一途をたどっている。この新鮮な時期に、基本的な漢字の読み方を覚えてしまうなら、こんな便利なことはないだろう。少なく見積っても、幼稚園で平均四百字くらい読めるようにすることは可能らしい。この新しい教育の先頭に立つ井上文克、宮地武久、高島博、田中登の諸氏は、単に、復古的に漢字を多く覚えさせればよいと考えていない。試行錯誤を重ねながら、教育の工具として漢字を幼児に与え、それによって事物の正確な認識、上下左右の観念とか、数量の大小の観念とかを、幼児に正確に与えようとする所から出発した。そして小学校以降における、思考力の発展の基本的障害の一つとされている漢字アレルギーを吹きとばそうとしている。
~中略~ 「漢字で教育」という方式――これはご存じの石井勲氏の方式の拡張なのだが――、これがどんな成果をこれからあげるか。固定観念の打破によって前進があるとすれば、この新教育は注目に値する試みである。

週刊朝日 昭和43年7月12日号

この記事に励まされ、一同はいっそう奮起。『幼児のための漢字の絵本』を、実践園と登龍館の手で生み出しました。この「漢字の絵本」は園児や先生から「赤い絵本」と呼ばれて親しまれていきます。

全国行脚の中で
誕生した『花園文庫』

全国行脚の中で誕生した『花園文庫』

石井勲先生と井上文克先生、登龍館の田中登社長は、全国各地の幼稚園や保育園を回り、石井方式漢字教育の普及に努めます。当時、漢字教育への風当たりは大変強いものでしたが、一行は宿泊する3人部屋でいつも夜が更けるまで語り明かしました。ある日3人は箱根に滞在。石井先生はその時のことを次のように述懐されています。

その頃、箱根の“花園”といふ旅館に、今は亡き田中社長と井上先生と一緒に泊まり、いろいろ相談した事があった。その時、宿の名前に因んで、“花園文庫”と付けた事は、記憶にまだ新しい。『三国志』で、劉備が関羽、張飛と義兄弟の契りを結んだのが、桃の“花園”だった。だから、そんな事をも思ひ合せて、希望を大きく膨らませたものである。

こうして新たな漢字の絵本シリーズ『花園文庫』が、昭和46年4月、登龍館より誕生。3人の全国行脚は実を結び、石井方式漢字教育を実践する幼稚園・保育園は少しずつ増えていきます。

石井方式漢字教育の
広がり

石井方式漢字教育の広がり

石井勲先生の講演をもう一度聞きたい、新たに聞いてみたい。そんな声の高まりと、全国行脚で石井先生らが語り合った研修の構想が形となり、幼年国語教育会発足の翌年、全国規模の夏期研修が開催されます。
全国50か園、200名を超える盛況。園長先生方の感想は一様に「カルチャーショックを受けた。石井方式漢字教育を頭では理解できたが、気持ちがまだ追いつかない。じっくり考えていきたい」というものでした。それでも当研修を機に、石井方式漢字教育の実践園が少しずつ増えていきます。以降の夏期研修では、幼稚園・保育園の日頃の保育や新たな試みも盛んに発表されるようになっていきました。

平成16年、石井勲先生は逝去されました。現在は先生の想いを受け継ぎ、幼年国語教育会では夏期研修はじめ各種イベントを毎年開催、登龍館では漢字の絵本・教材を刊行し、石井方式漢字教育は保育・幼児教育の現場で発展を続けています。

石井勲(いしいいさお)教育学博士 年表

大正 8年[1919年]
山梨県甲府市に生まれる
昭和17年[1942年]
大東文化学院本科・高等科卒
昭和23年[1948年]
山梨県立都留高校教諭
昭和25年[1950年]
東京都八王子市立第四中学校教諭
昭和26年[1951年]
東京都八王子市教育委員会指導主事
昭和28年[1953年]
新宿区立淀橋第一小学校教諭/小学生への指導を通じた研究を始める
昭和33年[1958年]
新宿区立四谷第七小学校教諭
昭和36年[1961年]
『私の漢字教室~石井学級の実験報告~』(黎明書房)刊行
昭和38年[1963年]
『1年生でも新聞が読める~革命的漢字教育法~』(講談社)刊行
昭和41年[1966年]
目黒区立東山小学校教諭
昭和42年[1967年]
大東文化大学講師/『漢字の神話』(宮川書房)刊行
昭和43年[1968年]
小路幼稚園など8園が、石井方式・幼児からの漢字教育を導入/幼年国語教育会発足、全国各地で講習会・実践指導を行う/『幼児のための漢字の絵本』刊行(発行:幼文社、発売:田中登龍館)/『石井方式 漢字の覚え方』(学燈社)刊行
昭和44年[1969年]
第1回石井方式夏期指導者研修会(以降毎年開催)
昭和45年[1970年]
大東文化大学幼少教育研究所設立、所長に就任/『漢字による才能開発~3歳からの漢字教育~』(講談社)刊行
昭和46年[1971年]
『花園文庫』(田中登龍館)刊行
昭和47年[1972年]
大東文化大学附属青桐幼稚園創立、顧問に就任/アメリカ人間能力開発研究所会長グレン・ドーマン博士来日、共同研究を企画
昭和48年[1973年]
石井教育研究所設立、所長に就任/第6回人間能力開発世界会議(アメリカ、フィラデルフィア)で講演、金賞を受賞
昭和49年[1974年]
『学習ジャンボ漢字百科辞典』(三省堂)刊行
昭和50年[1975年]
『連想式漢字記憶術 石井方式 漢字はむずかしくない』(朝日ソノラマ)刊行
昭和52年[1977年]
『学習漢字図解辞典』(三省堂)刊行/日本文化会議会員/『かん字の絵じてん』(講談社)刊行/『石井式漢字教育革命』(グリーンアロー出版社)刊行
昭和54年[1979年]
大東文化大学附属青桐幼稚園園長就任
昭和55年[1980年]
『親こそ最良の教師』(グリーンアロー出版社)刊行
昭和56年[1981年]
松下政経塾専門講師(古典担当)就任
昭和58年[1983年]
日華交流教育会議会長就任/『私の漢字教室 全9巻』(双柿舎)刊行/『連想式漢字記憶術 石井方式・漢字は言葉よりも覚えやすい』(新書版 朝日ソノラマ)刊行/石井教育30年式典
昭和59年[1984年]
幼年国語教育会、名誉会長就任
昭和60年[1985年]
『ことばの意味とこころ』(東京美術)刊行
昭和62年[1987年]
石井方式・幼児からの漢字教育、二十周年記念祝賀会/『常用漢字学習辞典』(三省堂)刊行/『幼児はみんな天才』(日本教文社)刊行
昭和63年[1988年]
『日本語の再発見』(日本教文社)刊行
平成元年[1989年]
石井式漢字教育指導法の樹立が評価され、第37回菊池寛賞受賞
平成 2年[1990年]
『楽しい漢字教室』(ぎょうせい)刊行
平成 4年[1992年]
『漢字興国論』(日本教文社)刊行
平成 5年[1993年]
石井式漢字教育二十五周年祝賀会
平成 7年[1995年]
『石井式漢字教育革命改訂新版』(グリーンアロー出版社)刊行
平成 8年[1996年]
『漢検予備校二級』(住宅新報社)刊行
平成 9年[1997年]
『0歳から始める脳内開発』(蔵書房)刊行
平成10年[1998年]
石井方式・幼児からの漢字教育三十周年記念講演会・懇親会
平成12年[2000年]
『幼児は「漢字」で天才になる』(コスモトゥーワン)刊行
平成13年[2001年]
『石井式で漢字力・国語力が驚くほど伸びる』(コスモトゥーワン)刊行
平成14年[2002年]
『続・楽しい漢字教室~上級・中級編~』(ぎょうせい)刊行/『かなから教えていませんか?』(家庭教育研究会)刊行
平成15年[2003年]
『石井方式 幼児のための日本語塾』(登龍館)刊行/石井方式・幼児からの漢字教育三十五周年記念講演会・祝賀会
平成16年[2004年]
逝去

幼年国語教育会